沼田研究室では、通常では目視やカメラなどを用いても捉えられない空気の流れを、様々な原理や技術を用いて「見える化」し、超音速・極超音速機の開発や超音速火星飛行機の開発に活用しています。空気力学を実験的に研究する場合、研究者がどのような計測技術を用いることができるかによって、出来ることと出来ないことが明確に異なってきます。我々の研究グループは、「見えない流れを視る」をキーワードに、様々な計測技術の新規開発及び改良を行っています。以下では、取り組んでいる計測技術開発のうち、代表的なものについて紹介します。
感圧塗料 (Pressure-Sensitive Paint, PSP)
感圧塗料 (Pressure-Sensitive Paint, 以下 PSP) は、空気の流れの中に置かれた物体上の圧力を知ることのできる計測技術です。名前からわかるように、PSP は「塗装する圧力センサー」であり、励起光と呼ばれる光を照射されると発光する分子センサー (感圧色素) を模型上に塗装し、その発光をカメラ等で撮影することで圧力を計測することができるという特殊な計測方法です。PSP の発光は周囲の圧力に依存するという性質を持っており、例えば圧力が高ければ暗く、低ければ明るくなるという性質があります。つまり、励起光を当てて発光させている PSP 模型をカメラなどで撮影すると、模型上の各場所は均一な明るさでは撮影されず、その部分の圧力に応じて明るさが異なる形で撮影されます。撮影後はどのくらいの明るさがどのくらいの圧力に対応しているかを表した式 (較正式) を用いて明るさの情報を圧力分布の情報に変換し、その圧力分布の様子から、模型上で発生している空力現象を調べています。

Figure. 風洞試験でフラップ付きの翼型の特性を PSP 計測した際の写真。中央の白く光っている部分が、翼面上に塗装された後に励起された PSP。その他の部分が青く光っているのは励起光の影響。

Figure. 航空機模型に対する PSP 計測時の写真。PSP 塗装面が励起されピンク色に光っており、かつ気流の影響で圧力が変化するのに伴いその明るさが模型上の各部分で異なっている。
PSP は、上記のような特徴があるため、いわゆる光計測手法の一種として知られています。つまり、圧力の変化を光を用いることで調べることができる計測手法です。また、PSP を塗装した面すべてが圧力センサーとして機能することになるので、いわゆる圧力の面分布計測が可能です。通常だと、圧力を調べようとする場合、圧力センサーなどの機械式・電子式センサーを使うことが一般的ですが、それらを使う場合、取り付けた位置の圧力だけしか知ることができません。しかしながら、もし PSP 計測を行うなら、PSP を塗装した部分すべてが分子サイズの圧力センサとして機能するので、PSP を塗装した面すべての圧力データを同時に取得することが可能となります。その際は、計測対象のどの部分がどのような圧力であるかが一目でわかることになり、あたかも数値計算を行って得られたシミュレーション結果のような実験結果を、PSP 計測を行うことで得ることができるということになります。このような、圧力の面分布計測を実現できるという特徴は、PSP の最大の技術的メリットとなります。


Figure. PSP を塗装したダイヤモンド翼の模型 (左) および音速の 1.7 倍の気流中に置かれた翼型の上の圧力分布の PSP による時系列可視化結果 (右)。気流は右図の下から上に向かって作用しており、動画の色はその点における圧力に相当している。気流通過に伴い徐々に変化する圧力場と、前縁部分の特徴的な圧力場、そして稜線付近の急激な圧力変化が面的にかつ時系列的に捉えられている。
沼田研究室では、この PSP 技術について、火星飛行機や超音速・極超音速航空機開発を目指した研究に対して適用可能な PSP を独自開発しており、それらを用いて先進的な研究課題に対する PSP を用いた研究を行っています。

Figure. 塗装前の感圧色素溶液。色素の種類により、青から赤までの様々な色で発光する。
超音速-極超音速航空機開発のための PSP 開発
超音速・極超音速航空機開発の場においては、音速を超えて飛翔する飛行体上の圧力計測や、飛行体の飛行時に発生する衝撃波に起因する高速変動する圧力場の計測などが、重要な意味を持ちます。そのような研究対象に対して PSP 計測を実施しようとする場合、圧力が極めて高速に変化するため、通常の PSP を用いると現象を全く捉えきれません。この、どれだけ速い現象に対して PSP 計測を実施できるかの指標として、PSP の時間応答という特性があります。時間応答に優れた PSP ほど高速の現象を扱う研究に対して適用できることになります。しかしながら、音速を超えるような現象に対して適用できるほどの性能を持つ PSP は数が限られており、特に極超音速で伝播する衝撃波に起因する圧力場の計測に適用できる PSP は皆無です。
そのような現状に対し、我々の研究室では、塗装型陽極酸化皮膜型感圧塗料 (Dye-Painted Anodized-Aluminum PSP, 以下 DP-AA-PSP) という、極めて高速の現象に対して適用できる PSP を提案しています。DP-AA-PSP は時間応答特性に優れており、90% 立ち上がり時間で 0.163 μs という、現状で世界最高の時間応答特性を達成しました (2025 年 1 月開催の米国航空宇宙学会 (AIAA SciTech Forum 2025) にて、Effect of Spray Coating Parameters on the Characteristics of Dye-Painted Anodized Aluminum Pressure-Sensitive Paint のタイトルで成果発表を実施しました)。DP-AA-PSP を用いることで、超音速航空機に関する研究はもちろんのこと、極超音速で飛翔する物体上の圧力計測や衝撃波・空力現象の研究にも PSP の適用範囲を拡げることに成功しました。現在、DP-AA-PSP の更なる高性能化や超音速・極超音速現象に対しての DP-AA-PSP の適用など、開発と実証試験の両面からの研究を進めています。
超音速火星航空機開発のための PSP 開発
火星航空機の開発に対して PSP を用いる場合、火星飛行機の飛行環境を模擬するために、低圧環境下での空力試験を実施する場合があります。しかしながら、低圧環境下での空力試験を実施する場合、現象が発生した際の圧力変化量は極めて小さく、そのような小さい圧力変化でも PSP の発光変化が充分に大きくなるような PSP を使用しないと空力現象を正確に把握することができなくなります。
そのような現状に対し、我々の研究室では、低圧環境下において高い性能を有する PSP を開発しています。これを用いることで、低圧環境下で生じる空力現象を鮮明に可視化できるようになるため、火星飛行機の翼特性の研究や、設計した火星飛行機の模型を用いた自由飛行試験などを可能とします。